「ナノ学会」設立趣意書
極く微小、即ち、大きさが、原子間結合距離に比較し得るほど小さい寸法を持つ固体の
電子状態を理論的に解析した研究は、「微粒子の物性」の名目のもとに、1960 年、我が国の
久保亮五教授が先駆的理論研究の成果を発表され、以後微粒子の実験的研究の指針となっ
たことは、周知の事実である。
1981 年、R.E.Smalley 教授、及びH.Kroto 教授の、両ノーべル受賞者は、アルカリおよび
炭素クラスター多原子分子についての、水素原子吸着能についての研究を行い、これらの
多原子分子に同位体効果があることを見出した。更に60分子をはじめとする各種超微粒
子ないしクラスターの構造安定性が、その構成原子の量体数と質量に依存すること(魔法
数の存在)、を実証し、この基本的知見に基づき、前記の成果の物質科学分野に及ぼす重要
な意味が認識されるに至った。
以後二十有余年に亘り、超微粒子ないしクラスターの構成原子の種類と個数と構成原子
による物質創成の基本原則に従い、フラーレン分子とその誘導体、又固体表面への原子・分
子の吸着または脱離などのレーザー光化学分光、ナノメーター尺度でのトンネル顕微鏡技
術が開発され、固体表面での原子・分子整列が可能となった。
この化学反応の制御手法は、現在、社会的に重要性を持つエネルギー及び環境問題の技
術的出発点を与えることになったと考えられる。これらの創成物質の機能素子としての応
用には、一次元ないし二次元的な拡がりをもつ凝縮状態の合成技術が必要である。この要
望に対する答えを与えたのは、飯島澄男(名城大学教授)らのカーボンナノチューブの作
製とその電子顕微鏡による実証であり、更に粕谷厚生(東北大学教授)、片浦弘道(東京都
立大学助手)らによる単層ナノチューブの口径に依存する、金属・半導体の両電子状態間
相転移の光学的証明であった。
ここにいたってナノメーター尺度での基礎科学は、超微細集積回路の製作技術を含む機
能素子開発の先導的役割を担うことが明白となる。そして現在、光電子工学の先端技術の
開拓者たちは、その機能の精密さと有用性の極限を目指して、原子の寸法の何倍まで微細
化出来るかと言う論点をめぐり、世界的な規模で競争を行っている。
カーボンナノワイヤーの黒鉛単結晶表面に整列蒸着した素子は、先端より放出される光
電子で、ルミネッセンス物質に照射し、低電圧で動作可能な、カラー表示装置の出来るこ
とが既に示されている。この成果は、斎藤弥八教授(三重大学)と伊勢電子工業(株)と
の共同研究による我が国固有の成果であり、ナノサイエンスが単なる基礎科学の課題であ
るのみならず、先端工学技術に密接な関連をもっている事の好例であろう。
ナノメーターサイエンスを用いた新物質の創製には現在多くの研究が国内・外の研究期
間で進行中である。Si ケージの合成、ナノチューブへの重金属元素原子の挿入、窒化Nb チ
ューブの合成、単一電子トランジスターの製作、など研究対象は、電子工学の分野のみに
限られた問題ではなく、生命科学、遺伝子工学にも密接な関連が最近生ずるに至っている。
DNA 分子の固体表面上への蒸着と、分子構造の光化学反応による構造変化の実現(東北大
学未来科学技術センター)は、遺伝子工学上重要な影響をもたらす事が予見される。
以上のように次世代科学技術の先端を拓く研究者および技術者はナノ科学技術の将来に
ついての重要性を認識し、基礎科学、先端電子工学、生命科学、精密機械工学などの多分
野に渡る領域を越えて、有機的な協力関係を結び、ここに「ナノ学会」の発足を提唱する。
この学会の関わる応用分野について、特定の目的を定めることは、将来の学会活動の範
囲に制限を与える怖れがある。このためナノ学会は、新しい基礎知識、新しい応用技術の
開拓を目指し、研究成果を常にネット上に掲載し、研究者・技術者間の専門分野を越えた有
機的協力関係の醸成に努め、本学会共通の知的所産として保有することを企画する。
2002 年の夏季3ヶ月の間でさえも、ナノサイエンスに関係のあるシンポジウム及び会議
は、米国(3)、独(1)、露国(1)、日本(3)の企画が論文公募要領を当学会の事務部
に送付してきており、これ以外に慣例の学会も加えれば、ナノサイエンスについての物質科
学研究者の一般的関心が、如何に高いかを容易に知る事が出来る。この科学技術の発展趨勢
こそは、ナノ学会の必要性を雄弁に物語るものである。
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